子どもの「生きる力」を
育てるために

すべての事は
願う事から始まる

マルティン・ルター

授業風景 イラスト

一人の中学生との出会い

私は、大学を卒業後、ある上場企業に入社し、営業部に勤務しました。営業部の仕事には宿直があり、社員1名が警備室に待機して夜間にかかってくる苦情の電話に対応します。新入社員も例外ではありません。しかし、新人である私にいきなりクレーム対応などできるはずはなく、とはいえ何らかの対応をしなければクレームはどんどん大きくなっていくばかりです。そんな状況を見かねて助けてくれたのが、警備隊長でした。警備室に何年もいるベテランですから、新入社員の私などよりはるかにクレーム対応にたけています。彼は、私に代わって電話で応対し、スムーズにクレーム処理をしてくれたのです。私は宿直のたびに助けてもらい、この警備隊長と親しくなっていきました。その彼がある時、私に頼みごとをしてきたのです。「中学生の息子の勉強をみてくれないか」と言われたのです。

いつも世話になっている警備隊長の頼みですから、私は恩返しのつもりで、仕事が休みの日だけ彼の息子の家庭教師になることを快諾しました。とはいっても、月に3、4日取れるか取れないかの休みに勉強を見るくらいのものでしたが……。ともあれ、私は仕事のかたわら、中学1年生の子どもの家庭教師となりました。そして、中学2年の中頃、その子の両親は私に「息子を大垣北高に行かせたいんだが、何とかならないだろうか。」と相談してこられたのです。それは本人の希望でもありました。彼の成績は、定期テストも実力テストも平均点で、普通の学力のお子さんでした。その子を、大垣のトップ校に合格させる。月に3、4回の家庭教師では絶対達成不可能な目標でした。

教育の仕事に見出した「意味」

ちょうどその頃、入社して3年目の私は、営業部から人事部に異動しました。栄転だったと思います。しかし、私は出世とか権威とかにはあまり興味がないのです。派手なことも好きではありません。人事部に異動の前、海外勤務の話もありましたが、断りました。

人事部に配属になると、当然人事異動が絡んできます。それまで私たちを怒鳴りつけていた先輩社員が肩をもんでくれたりしましたが、せちがらさを感じていやな気持ちになっただけでした。自分がしたいのは、こんなことなんだろうか?今やってることになんの意味があるのだろうか……。会社員として生きていった先に自分が望むものがあるのか……。私は、今の自分の生き方や将来について、いつしか多くの疑問を抱くようになっていました。自分の仕事に対する意味も見出せずにモチベーションも下がっていきました。

勉強する生徒と指導する教師のイラスト

そんな時でしたから一層、「大垣北高に行きたい」という彼と彼の両親の望みに、強く引きつけられるものを感じたのかもしれません。純粋に自分の目標に向っていこうとしている子どもの支えになること、その子にとって人生最初の試練に力を貸すこと、つまり、彼を北高合格へと導くことこそ、私にとってやりがいある仕事なのではないか。

「子どもたちの成功の手助けをする」これは十分意味のある、価値ある仕事なのではないか?誰かが自分の助けを必要としているならばそれに応えることは、非常に意味のある仕事なのではないか?
そう思ったのです。

自身の受験経験から確信したこと

私は、大学受験の時、受験生の4月に模試の偏差値が25で全国で最下位でした。そこから1年間で偏差値を35上げて中央大学に合格しました。この経験があるので、この子からこの話を聞いたときに、北高合格は可能なのではないか?やればできるのではないか?そう思ったのです。

私は、成績を上げて大学に合格したときに、体が震えるような感動がありました。それまで味わったことがない強烈な喜びでした。この子にも、そういう感動を味わって欲しい、自分には目標を達成する力があるということが、わかったときの体が震えるような喜びを味わってもらいたい、そう思ったのです。涙というのは、悲しい時だけに流れるものではありません。うれしい時にも流れるのだということをわかってもらいたい。人生最初の試練を通してそういう体験をしてもらいたい。私はそう思いました。

合格して喜ぶ学生のイラスト

この子に入試を通して成功を体験してもらうことは、この子のこの後の人生に非常に大きな意味を持つのではないか?この後の人生を強くたくましく生きていく上で、非常に貴重な体験になるのではないかと思ったのです。

入試を通して得られるもの

勉強を通して何を学ぶのか?生徒さんからよく出る質問です。特につらくなってくるとこの質問が出てきます。「先生、勉強したってなんの意味があるの?」現場で子どもたちを指導していた時よくされた質問です。そのつらさを乗り超えた先に何があるのか?私は、その答えが、ここにあると思っています。

私は聖陵学院を通して、子どもたちに体が震えるような成功を体験してもらいたいのです。こういう成功体験をしてもらうことは、子どもたちのその後の人生を大きく変えていくと思います。私は、学習塾を通して子どもたちにそういった経験をして大人になっていってもらいたい。それが創業時もそして今も変わらぬ聖陵学院の思いです。そして、創業から今まで36年間ずっと、お越しいただいたすべての生徒さんがそうなれるようなシステムを作ることに力を注いできました。その結果、周辺他塾とは全く違うやり方を持つ独自のシステムが聖陵にはできています。

合格のイラスト


聖陵学院の原点と現在

話をもとに戻します。とはいっても、私にも生活がありますから、会社を辞めることについては悩みに悩みました。塾の経営について全く無知な私がやっていけるのか、自信も保障もないのですから。やってうまくいかなかったらどうしよう?何か事を始めようとするとき必ずこの不安がついてきます。私もこの時は、なかなか答えが出せませんでした。その後、いろいろ悩みましたが、最終的には、自分が真剣に向き合えることをやってみようと思い、会社を辞め、学習塾を開くことを決めました。

物思いにふける先生のイラスト

こうして、高田校が開校になります。手作りのチラシなどで、20人ほどの生徒さんが来てくれたと思います。しかし、やはり生活は苦しく、初めの1年間は毎月、6万円ほどの収入しかありませんでした。

家に帰るガソリン代がなく、校舎で寝泊まりしたこともあります。塾生のお母さんたちが食事を作って持って来てくれたり、時には家まで食べさせてもらいに行ったり……。預かった子どもたちを志望校に合格させること、その情熱だけで乗り越えた1年でした。

そうこうして、入学試験の日を迎え、合格発表の日を迎えます。私は、今でも決してその時の光景を忘れません。携帯電話のなかったその頃、私は校舎の2階のベランダから外を見て、その子が合否の知らせを持ってくるのを待っていました。今か今かとやきもきしながら待っていると、私の目に自転車をこいでやって来る彼の姿が映りました。ニコニコと嬉しそうに、本当に嬉しそうに、元気に自転車をこいで走ってくるのです。合格したんだなということは、その姿を見ただけですぐにわかりました。その幸せそうな顔といったら、「合格」が走ってやって来る……まさにそんな感じなのですから。人というのはこんなに幸せそうな顔をするものなんだな、と思いました。幸せを満面にたたえたその顔を見たとき、「やってよかった」と率直にそう思いました。軽やかに階段を駆け上がる音が聞こえ、彼の顔が目の前に現れ「先生、俺、受かったよ!」とはずむような大きな声で言ったのです。素晴らしい時間でした。彼は人生最初の試練に勝ったのです!周りの人から「できない、やれない」と言われたときに、また、実力テストの点数が思った通りにならなかったとき、夢を捨てて諦めてしまえば楽だったかもしれません。でもそれをしたらこの成功はなかったと思います。

また、私は、彼のこの合格が、その後の彼の人生をいい方向へ大きく変えるきっかけになってもらいたいそう思っていました。進学する学校は、どこでもいいと思います。ただ、入学試験で成功して体が震えるような感動を味わってもらって、自分にもできるんだ!やれるんだ!ということを確信してもらって、その後の人生がいい方向に変わってゆく、そういう体験をしてもらうことこそ入試の意味だと思っています。

人生の最初の試練である高校入試、彼はその試練を乗り越え、見事に目標を達成しました。1年前までは平均点近辺の普通の学力だった子どもが、西濃地区トップの北高に合格したのです。彼は「不可能」と思っていたことを「可能」に変えたのです。不可能を可能にしたこの経験は、その後の彼の人生に立ちはだかる様々な試練に打ち勝つ力、つまり、「生きる力」になっていくに違いない。私は強くそう感じました。

授業をする先生のイラスト

高校入試という人生最初の試練で成功を体験することは、その後の人生においてとても重要なことです。最初の成功は次に向う力となり、達成感は努力の大切さを教えます。このような成功体験の積み重ねが、試練にひるまない人間の強い「生きる力」になる。学習塾の役目は、子どもが入試という試練に打ち勝って成功を手にする、その力添えをすることだと私は考えています。

最後に

「たとえ今の自分を取り巻く状況が悪くても、
強く望んであきらめなければ未来は必ず変えられる!人はなりたい自分になれる!」
聖陵学院とは、そういうことを学ぶ場です。そこに塾としての価値があるのです。
そして、これこそが、聖陵学院の原点であり、今も、
そしてこれからも決して変わらない精神です。
塾講師に必要なのは、子どもの成績を押し上げて確実に合格へと導く力と情熱です。

自分はやればできるのだという実感を得られたときの子どもたちの幸せそうな笑顔、
勝利した子どもたちの幸せそうな笑顔を見ること、これこそが私達の仕事であり、
子どもたちの幸せのための力添えを惜しまないことこそが、
私達、聖陵学院ができる最大の社会貢献だと信じています。


  • 授業風景の写真
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  • 学院長 矢嶋克也

    聖陵学院 学院長 矢嶋克也

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